賃貸借問題

日本人の約6割が賃貸住宅に住んでいる現状で、国民の権利意識が近年増々高まり、大抵入居前に支払われている敷金についてのトラブルが飛躍的に増えています。 賃貸物件明渡後、高額な請求書が送られてきて、驚かれた方も多数いるのではないでしょうか。

なぜ、トラブルが多いか。
これは昭和から平成にかけてのバブルの影響が少なからずあります。

この時期に建設された建物は建設費が高額であり、またそのための資金も高い金利による借入で行なわれていたといこと、バブル崩壊後、当初の賃料では借り手がいないので、賃料を減額しなければならないことが考えられます。

また、賃貸物件も高級感をもった比較的新しい建物の方が、契約の成約率が高いということもあって、リフォームに対する価値感が上昇していることも考えられます。この様な費用は当然、賃料でまかなえばいいことですが、空室の多い現状では、これもできません。

この空室を埋めるために、リフォーム済の賃貸物件を礼金も取らず、賃料も低くして提供し、その埋め合わせをするために、敷金の返還を拒み、さらに現状回復の特約をつき付けて本来賃貸人が負担する費用を、借り手側から回収しようとしているのです。

そこで通常発生するであろう問題について、以下で検討してみたいと思います。

 

原状回復義務の限界範囲

善管注意義務(その人の職業・地位等により当然要求される注意義務)と原状回復義務(住む前の状態に戻す義務)は、別段 特約などがなくても民法の規定により当然に課されるものです。

ここで『原状に回復する』とは、原則は借家人が設置したものを取り除くことをいいます。借家人の原状回復義務はそれで足り、特約がない限り古くなったものを新品に交換するなどの義務はありません。

そこで敷金の返還額を算出する際には必ず考慮されます(東京高裁昭和31.8.31)。それでは原状回復とはどこまですればその義務を履行したといえるのでしょうか?

残念ながら定まった明確な範囲を示すことはできませんし、法律で具体的に定まっているわけでもありません。

 

《基本的な視点・考え方》

  1. 原状回復義務(善管注意義務も含む)に違反した、借家人の 『 責めに帰すべき事由 』 (故意・過失)によ って賃借物を毀損した場合は借家人が負担。(損害賠償義務)
  2. 家族や同居人、来客などが不注意によって毀損した場合の損害も借家人が負担。
  3. 通常の使用によって、時間が経過すれば当然生じうるような損耗や汚損 (自然損耗) は原則として借家人が負担する必要はない。
  4. 特約(修繕特約・原状回復特約)の有無とその有効性。→ 原則として小修繕のみ借家人が負担。ただし例外も考えられる余地あり。
  5. その他、特段の事情が考慮される場合はケースバイケース。

 

具体的な事例の検討

 ⇒ 特約や黙示の合意、慣習などがないことを前提とします。なお、いずれの場合も借家人の責めに帰すべき事由があれば借家人が負担すべき余地が出てきます。

  • 日照などの自然損耗により汚損したクロスや壁紙の張替え
    → 家主が負担
  • 自然損耗により汚損した畳や襖、フローリングなどの張替え
    → 家主が負担
  • 自然損耗により毀損した風呂釜や給湯器の交換
    → 家主が負担(後記のとおり大規模な修繕となるため)
  • 画鋲などによって壁に空いた軽微な穴の補修
    → 家主が負担
  • 鍵の取り替え(紛失等借家人の責めに帰すべき事由によらないもの)
    → 家主が負担
  • 借家人の不注意で汚損したカーペット
    → 借家人が負担
  • クーラーからの水漏れを賃借人が放置していたことにより生じた汚損
    → 借家人が負担(管理の不手際)
  • 手入れが行き届かずに汚損したキッチン
    → 借家人が負担(管理の不手際)
  • 子供が不注意で毀損した窓ガラスや障子
    → 借家人が負担(同居する家族の不注意による毀損も借家人が負担)
  • ペットが汚したカーペットや毀損した柱等
    → 借家人が負担
  • タバコのヤニで汚れた壁
    → ケースバイケース:ヘビースモーカーであった等、ヤニによる汚れが例外的にひどいものであれば、借家人の責めに帰すべき事由として借家人が負担すべき。
    しかし、壁の修繕には多額の費用を要するため、自然損耗と考えられるような場合にまで借家人に負担させるのは酷であり、その場合は家主の負担とすべき。
  • 結露によって発生したカビによる汚損
    → ケースバイケース:結露が発生する要因は、建物の構造的な条件によることが多く借家人の責めに帰すべき事由によるものであるなどの特段の事情がなければ、家主の負担となります(名古屋地判平成2.10.19)。
    しかし、賃借人がそのような結露や発生したカビなどをそのまま放置しておいた等、管理方法に問題があったような場合には借家人が負担すべきとする余地もあるでしょう。

 ※ いずれの場合にも、家主と借家人が負担する割合を分け合うことなども考えられ、必ずしも白黒つけて考える必要はなく、紛争を迅速に解決するためにも 意固地になるのは避けたほうがよいでしょう。

 ※ お互いの認識のズレをなくし、スムーズな話し合いをするためにも、 一度 弁護士や司法書士、第三者機関などの専門家の意見を 聞いてみることも大切です。

 

各特約について

問題となる特約は、主に修繕特約と原状回復特約(損害賠償特約)の二つです。一般的に契約書にうたわれているこれらの特約は次のような内容となっています。

(修繕特約) 第1条 本物件の主要構造部分に関する修繕は貸主の責任とし、その他の各号に掲げる修理又は取替えに要する費用は借主の全額負担とする。

    1号 畳の取替え・裏返し、障子紙襖紙の張替え
    2号 天井、壁のクロス、床の絨毯の修繕
    3号 給湯器、風呂釜の取替え
    4号 ガラスの取替え
    5号 電球、蛍光灯、ヒューズの取替え

( 原状回復特約(損害賠償特約)) 第2条 借主が故意過失を問わず、本件建物に毀損・汚損・滅失などの損害を与えた場合は、貸主に対して損害賠償義務を負う。
 なお、本契約が解除されたときは、借主は直ちに本物件を原状に復し退去しなければならない。

 

以下、その有効性を個別に検討してみましょう。
なお、基本的な考え方は判例の立場によるものです。

 

修繕特約

この特約の争点としては、次の3点があります。

  1. 賃貸期間中に修繕義務を負うものに対しその費用を負担した借家人は、家主に対し、費用の償還請求権は認められるのか
  2. この特約によって借家人はどの程度まで修繕義務を負わされるのか
  3. この特約が借家人に積極的な修繕義務を課したものかどうか、つまり、契約終了時にまで新品に取替えたり、修繕したりする義務があるのか

 

検討
  1. 原則として家主は修繕義務を負いますから、契約書に『修繕についての特約がない』場合には、建物の毀損等について借家人に故意・過失がない限り借家人は家主に対して修繕に要した費用を請求できる。
     
    しかし、契約書に『修繕特約がある』場合には、襖紙の張替え、ガラスの取替えなどの『小修繕のための費用』は借家人が負担すべきものとされる場合もありますが、それを超える『大修繕』に要した費用は、修繕特約があっても家主が負担すべきものとされるので、借家人は家主に対し、かかった費用を請求する事ができます。
     
    『小修繕』には、畳表の取替え・裏返し、ガラス・障子・襖の張替え、蛍光灯・電球の取替えなどが原則として含まれます。ベランダの手すりの修繕、壁のクロスや絨毯の張替え、給湯器や風呂釜の取替えなど、高額な費用を要するものなどは『大修繕』とされ、原則として家主の負担となります。
  2. 原則として、借家人は 『小修繕』 ないし『通常生ずべき毀損』の範囲においてのみ修繕の義務を負います。
  3. 修繕特約は、通常、家主の修繕義務を免除したにとどまり、家主に積極的に修繕義務を負わせるには、特別の事情を要します。

よって退去後に家主が修繕を行い、その費用を請求してきても、原則として借家人は支払う義務はないということになります。

なお、例外とされる『特段の事情』としては、入居時に新品となっていた畳、襖については『特段の事情』は比較的認められやすい(クロス、絨毯、給湯器については『特段の事情』は認められにくい)ですが、礼金や保証金の有無、修繕費用、賃料額、賃借年数、特約に対する明確な意思表示、慣習など、具体的な事情に応じた個別の検討がなされることでしょう。

 

まとめ

⇒ 修繕費用を借家人の負担とする特約は、大修繕については無効であり、費用の比較的軽微な小修繕の範囲でのみ有効として扱われます。

修繕特約の趣旨は、原則として借家人がその賃借建物を使用中にしなければならない修繕は借家人がするというだけであり、退去時にまで修繕をしたり新品に取替えなければならない義務までを負わせたものではないと解されます。

 

原状回復特約(損害賠償特約)

この特約の争点としては、次の2点があります。

  1.  『この特約によって借家人はどの程度まで原状回復義務を負わされるのか』
  2. 『この特約によって借家人は自分自身の故意過失による毀損ではない自然損耗の部分についても原状回復義務を負わされるのか』

 

検討
  1. ⇒ これについては修繕特約と同様、原則として、借家人は 『小修繕』 の範囲においてのみ原状回復の義務を負うと解されます。よって汚損・毀損の事情や程度を問わず当然に原状回復の義務を負うということにはなりません。
  2. ⇒ 過去の判例を見てみると、畳や絨毯の損耗、日照や結露によるクロスの汚損など、いわゆる通常の使用によって生じる自然損耗の部分に関しては、原則として借家人は原状回復の義務を負わないとする判決が下されています。
    しかしいずれの判例も、入居時の状況、賃料額、賃貸借期間、保証金や礼金の有無、修繕費用など、契約に関わるあらゆる事情を考慮した上で総合的に判断されたものであり、直ちに原状回復特約の内容が無効であるとするものではありません。

 原状回復特約も一定の範囲においては有効であると考えられ、家主の主張を認めるべき『一定の事情』があると判断される場合には、特に借家人の故意過失による毀損ではない部分についても、借家人が原状回復義務を負うと判断されることも考えられます。

 この『一定の事情』として、次のような事情が総合的に判断されると考えられます。

→ 比較的賃料が安い、新築物件であった、礼金・保証金等がない、貸借 期間が長い、原状回復義務の範囲が定められている(ex 畳、襖、ガラス等の小修繕)特約の内容に関する説明があり借家人も内容を認識したうえで契約していた、等々。

しかし、このような一定の事情を考慮しても、自然損耗について借家人にすべて原状回復義務を負わせるのはやはり難しいであろうと考えられます。

 

まとめ

⇒ 原状回復特約がある場合でも、借家人が原状回復の義務を負うのは『小修繕』の範囲においてであり、『大修繕』にあたる部分についての原状回復義務までを負うものではありません。

さらに『小修繕』の範囲でも、自然損耗と考えられる部分については、契約に係るあらゆる事情が考慮され総合的に判断されると考えられますが、原則として自然損耗の部分についてまで借家人が当然に原状回復義務を負うとするものではないと解されます。

 

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