司法書士と自殺対策

はじめに,自死に関する対応の前段として,ご存じの方も多いと思われるが,平成10年に自殺者が年間3万人を越え,今から5年前である,平成18年10月28日に自殺対策基本法が施行された。

しかし残念なことに,その後も年間自殺者が3万人を下回ることのない現状が続いている。

同法第2条において基本理念が掲げられており,「自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない」,とし,同法第6条では国民の責務として,「国民は、自殺対策の重要性に対する関心と理解を深めるよう努めるものとする。」,とそれぞれ規定されている。

自殺の背景には、単一な事情があるわけではなく、個別具体的にさまざまな要因が重なり合い,そして,そのさまざまな悩みが蓄積していった結果,もうどうすることもできない,もう自殺以外には選択肢はないという心理状態に陥ってしまう例が見受けられる。

 

一つの例として,ある日,一家の大黒柱が,勤務する会社の業績悪化の影響で失業し,その後,ハローワークにも通い始めたが,年齢的なものから再就職先が直ぐに見つからず,数年前に手に入れた念願のマイホームも,まだまだローンが数千万円残っており,この住宅ローン等の返済に窮するようになっていく。

家族とこのマイホームを守るという使命感から,借金をしてでも生活費や住宅ローンの工面をせざるを得ない状況になっていく。

蓄えがあれば,当面の生活費等の工面もできるが,たとえ蓄えがあったとしても,無職の期間が1か月,2か月,3か月・・・と続いていくと蓄えもやがて底をつき,失業保険の給付が終わっても仕事が見つからない状況から,借金をしなければ生きていくことができないという思いに心が支配されていく。

いや,借金をしなければ生きていけないと考えるのではなく,生きていくために,かつ,大切な家族を護るために,その大前提の想いの先にそれを実現する一つの方法として借金があるに過ぎない。

この家族を守りたいとの想いと裏腹に,再就職やお金の問題などで家庭内不和が次第に表面に現われるようになり,別居や離婚など耐え難い精神的な悩みも徐々に膨らんでいく結果,うつ病の初期症状を発するようになる。

その後,自らの命を絶たなければならないとの自殺企図が生じ,最終的には「生きたい」との思いを最後まで心の中で抱きつつ自殺に至ってしまう。

自殺者の多数が,うつ病だから自殺したのだと短絡的に考えがちであるか,実際には,うつ病に至る前の段階で,既に複数の悩みが目の前に突きつけられ,その悩みの蓄積の結果が,うつ病ということにつながっていくことが理解できると思われる。

そうであれば,法律専門職として,うつ病に至る前の段階で,蓄積していきそうな問題の一つ一つを解決していく手助けができるのではないか,すなわち,うつ病に罹患する前にその問題を解決できる手立てがあれば,その一つ一つの問題の解決を図ることによって,うつ病への移行リスクを少しでも減少させることができるのではないか,あるいは,既にうつ病に罹っていたとしても,その経過にある問題を解決することによって,医療との連携の基に一人でも多く方に自殺という結果を回避させることができるのではないか,という考えが生まれていくのである。

 

千葉県においては,千葉県自殺対策推進計画が策定され,基本理念として,「一人ひとりの気づきと見守りで自殺を防ぐ」ということを掲げ,関係機関・団体等の相互の緊密な連携・協力を推進するために千葉県自殺対策連絡会議が発足した。

私の所属する千葉司法書士会も,同連絡会議の構成団体となっており,連携の構築に力を入れているところである。

また,千葉県地域自殺対策緊急強化基金事業費補助金を受けて,昨年は次のような相談会を開催したので若干ご紹介する。

この相談会の趣旨は,前記したとおり,比較的早い段階(うつ病までに至っていない段階)での問題解決を図る必要があることから,多くの要因が蓄積される前の段階での個別具体的な相談(初期対応相談)や,既に複数の要因を抱え,その影響が出ていたとしても,話を傾聴することによって,問題の根底を模索し,過去の問題に遡ってその一つ一つの問題について解決する糸口となるようなアドバイスをしていくという趣旨のもとに実施をした。

具体的な個々の悩みに関するものであれば,我々司法書士においても法律の範囲内で応えることはできるであろうが,一方,既に複数の問題が蓄積し,悩みの根底もどこにあるのかさえ分からなくなっている方に対して応ずるには,自ずと司法書士という職業及び知識だけでは対応が困難なことが想定される。

そこで,この相談会は,司法書士だけではなく,心の専門家団体でもある臨床心理士会及び精神保健福祉士会のご協力の下,司法書士と臨床心理士・司法書士と精神保健福祉士というペアを組んで,一つの相談に対応するという相談会を企画し,実施したものである。

 

この相談会を実施する上で,相談を受ける側である相談員の質の確保という観点も重要な要素であることに鑑み,相談員へ手を挙げていただく際の条件としての事前研修を義務付け,精神医療の専門医を招聘しての研修会を開催し,基礎知識や対応方法について学んでいただいたが,まだまだこの分野においても学びに終わりはないと感ずるところである。

自死問題は,冒頭でも触れたとおり,個々の問題ではないことは法律も明言している。

司法書士として,労働問題,借金問題,家族問題等に答えることは可能であっても,問題が複合的に絡み合い,心の深部にまで傷を負ってしまった,その「心」を治療することはできない。

しかし,自死問題は個々人の問題ではないこと,自死に至る社会的要因を取り除くような活動をすること,自殺対策の重要性に対する関心と理解を深めるよう啓発活動等をすることは可能なのである。

本紙に寄稿させていただいたのも,一つの自死対策なのかもしれない。

一人でも多くの読者の方にお読みいただき,社会問題であることの認識をほんの少しでもお持ちいただければ,本稿の目的は果たせたのではないかと考える。

 

最後に,先の相談会の命名をどのようにするのか,非常に迷ったが,最終的に,【「いのち」と「こころ」と「おかね」の無料相談会】と銘打って開催をさせていただいた。

各地の司法書士会でも,このような相談会を開催するところも増えてきており,まさに冒頭述べた自殺対策基本法の要請を少しでも実行しつつある。

他方で,私の個人事務所にも,相談に来られる方やクライアントの中には,心の病を抱えている人は,少なからずおり,その方への接し方を含め,司法書士として,どのように関わっていくのか,自らも自死問題に対し,多様な知識の習得の道はこれからも永遠に続いていくであろう。

 

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